こんにちは!カンガルー師匠です。
今回は会計企業分析シリーズの第二弾として、HISとJTBの比較を行います。二社ともに就活人気企業ランキングや転職人気企業ランキングで毎年上位に食い込んでいます。しかし、コロナで旅行需要が蒸発し、倒産するのではないかと不安に思う人も多いはず。ということで、会計のデータを見て分析していきましょう。
HISもJTBも今後2年は倒産しません
まず最も気になる点の答えを言うと、HIS、JTBともに今後2年で倒産する確率は限りなく低いです。
以前、こちらのJALとANAを分析した記事で詳しく説明しましたが、ザックリいうと「借金やツケを返せなくなった」ときに倒産となります。赤字が続いたり大赤字を計上しても、現金が残っていれば、あるいは出資や融資で現金を補充してもらえれば倒産せずに生き延びられます。
今回のコロナ禍による経営危機のような状況では、①現金はいくら残っているか、②固定費でどのくらい現金が出て行くのか、③あとどのくらい借入することが出来るのか、の3点が重要です。それでは、まずHISから見ていきましょう。
現金はあるが借金の多さが気になるHIS
現金は2021年10月までもつ
HISの2020年10月期2Q決算の資料に以下の図が掲載されています。

会社も投資家が経営危機で現金残高を気にしていることをわかっているため、丁寧な資料をあらかじめ用意してくれています。今年の10月末で1,000億円、そこから半年で350億円減るという予想です。それでもまだ650億円ありますから、その先もう1年は大丈夫でしょう。
固定費削減への取り組み
さらに、経費の削減を示した図も掲載されています。今回のコロナ禍のように需要が無くなる状況では、固定費すなわちビジネスをやってもやらなくても発生してしまう現金支出が重要となります。飲食店が営業自粛や時短営業で困っているというニュースは聞いたことがあると思いますが、彼らが主に困っているのは家賃です。食費やアルバイトの人件費は店を閉めると発生しなくなる、すなわち売上に連動して発生する変動費なのですが、家賃は開店しようがしまいが毎月払わないといけませんね。下記の図では明確に固定費とは言っていないものの、恐らく固定費に近い性質の費用をこれだけ削減しますよというのが伝えたいメッセージだと思います。

JALとANAでは固定費負担が重く、飛行機を飛ばさなくても日々お金がドンドン流出していきました。しかし、HISにおけるホテルや飛行機の販売については、需要が無いとわかれば取り扱いを止めることが出来るでしょうから、人件費や宣伝費が主な固定費のようです。
借金は多いがコミットメントラインを確保
最後に、借入余力についてですが、HISは借金が多いものの、ひとまず330億円のコミットメントライン(銀行に頼めばすぐに貸してくれる融資枠)を確保しています。詳しい負債の金額は後述するとして、まず下記の図からこの10年でガンガン規模を拡大してきた積極経営の裏に借金の増加があったということだけ理解しておきましょう。

安全性そこそこ。予備資金も借入済みのJTB
安全性指標による分析
続いてJTBの分析ですが、JTBは非上場なので親切なIR資料は無く、唯一開示されている決算短信レベルの資料から自分で数字を読み解いていく必要があります。下記に2020年3月末のB/Sを抜粋しました。


まず現金残高を見ると、1,763億円あります。後述しますが、JTBの売上規模はHISの約1.5倍であり、HISの現預金残高が約1,200億円だったことから、現金約1,800億円というJTBはHISと似たような水準だと思われます。
次に、安全性を見るための定番の指標である流動比率と当座比率を見てみましょう。
流動資産が流動負債よりどのくらい多いかザックリ掴む指標が流動比率です。ただ、JTBのB/Sもそうですが、流動資産にはすぐに換金できない棚卸資産や前払費用なども含まれますので、本当にすぐに現金化できる当座資産が流動負債と比べてどの程度あるかを見るのが当座比率です。
流動比率=113%
当座比率=77%
人によって意見が異なり、またビジネスモデルによって目安は異なりますが、流動比率は100~120%以上、当座比率は90~100%以上あれば安心と言われています。それと比べるとJTBはやや不安に思われるかもしれません。
しかし、よくよく流動負債を見ると、商品券と旅行券で830億円あります。これらはテレビ番組の景品でたまに出てくるJTB旅行券などの金券を指します。JTBから見ると、この金券を出されたらサービスを提供しないといけないので負債として計上されていますが、換金は出来ないのでJTBからお金が出て行くことはありません。これを抜いて当座比率を計算し直すと、99%で適正な水準になります。
決算日後に800億円借入(後発事象)
3月期決算なので上記B/Sは20年3月末の数値ですが、後発事象として4月に行った800億円の借入が開示されています。さらにコミットメントラインも600億円確保しており、現金の補填は万全です。借入の理由は「新型コロナの影響による不測の事態に備えた予備資金」とされています。多額の金額を借入していますが、JTBは流動負債に載っている約180億円の借入金以外に有利子負債がありませんでしたので、本来は極めて借金が少ない経営をしていたのです。
HISの業績の落ち込み具合
さて、JTBは一年に一度しか決算情報を開示していないので3月末のものが最新なのですが、HISは四半期ごとに開示していますので、コロナでどれだけ旅行業界が打撃を受けているか見てみましょう。下記にIRページで公開されている月次旅行取扱高速報と、筆者がIR情報を加工して作った四半期のグラフを示します。


旅行取扱高を見ると、2月まではほぼ前年並みの数値があったことがわかります。事前に予約していた人はほとんど決行した(あるいは行先を変えても旅行自体はしていた)ことが伺えます。ちなみに筆者の80歳近い祖母も2月末にモロッコに行ってきたそうです。3月から甚大な影響が出て、4月に需要が消滅したことがわかります。
HISの決算期は11月~10月ですので、1Qが11月~1月、2Qは2月~4月となります。四半期のデータ業績を見ても、上記の旅行取扱高の推移とよくマッチしています。実質的に1.5カ月分の売上が消えた2Qでこの落ち込みだと、ほぼ3ヶ月丸ごと需要が消えた3Qではもっと厳しい数字が出てくると思われます。
決算書の注記欄には、コロナの影響に対する見解が書かれています。それによると、HISは2020年の夏以降に国境を越えた移動が徐々に再開され、22年にはほぼ過年度の水準に回復すると考えているとのこと。一方、JTBは3月期決算を5月29日に公開しましたが、20年中に収束、21年度には需要の反発、22年度には一定の水準へ回帰と見込んでいます。ちょうど東京の感染者数が10人くらいまで減少して緊急事態宣言が明けたタイミングでしたが、今となっては、、、
会計で比較するHISとJTB
さて、第一部ではコロナ禍による倒産の危機について見てきましたが、第二部では通常時の数値を使い、HISとJTBがどのような会社なのかを説明していきます。
売上はJTBの方が大きいが利益はHISに軍配
2社の過去5年間の売上と利益を下記グラフにまとめました。

グラフからわかる通り、5年前はJTBの方がHISより2倍以上売上が大きかったですが、HISは年々売上高を伸ばしてきて、2019年度では1.5倍の差まで縮まりました。一方、利益の方を見てみると、2015年こそJTBが勝っていましたが、それ以降は不調のJTBと好調のHISと明確に差がつきました。
法人事業が稼ぎ頭のJTB、旅行とハウステンボスのHIS
次は各社のセグメント別売上高と利益を見てみましょう。セグメントとは、どういう事業をやっているかという内訳です。
まずJTBですが、個人事業、法人事業、グローバル事業はすべて旅行関連で、これらで売上のほとんどを占めます。残りは旅行雑誌『るるぶ』の発行をはじめとした諸々の周辺事業です。売上では個人事業が最大ですが、利益で見ると法人事業の方が大きくなっています。


JTBは100年以上の歴史がある老舗ですから、修学旅行や企業の社員旅行、研修などで長い付き合いを維持しているものと思われます。B/Sを見ると「旅行積立預り金」という負債科目が結構大きい金額で載っており、長く取引をしている企業が毎年一定額を積み立てているものと推測できます。こういった前金は資金繰り的には大変ありがたく、コロナ前のJTBにほとんど有利子負債が無かったのも納得です。
次にHISですが、こちらも売上は9割が旅行関連となっており、残り10%がハウステンボス、九州産交(九州におけるバスや商業施設事業)、ホテル事業、エネルギー事業(HISでんき)となっております。一方、利益で見るとハウステンボスの寄与が一気に大きくなることがわかります。

固定資産はHISの方が圧倒的に大きい
続いてB/Sの左側、資産サイドを見てみましょう。

B/S全体としてはJTBの方が大きいですが、有形固定資産はHISの方が3倍以上持っています。これはHISにはJTBに無いハウステンボス、ホテル、九州産交などの事業があるためです。
コロナ前から有利子負債が多かったHIS
最後はB/Sの右側を見てみましょう。

ザックリ計算すると、負債:純資産はJTBが3:1、HISが4:1となっています。JTBはこれまで見てきた通り商品券が結構な割合で含まれる上、有利子負債は200億円弱しかありませんでした。一方でHISは、社債と借入金で約2,300億円あります。ここ5年でHISが売上を大きく伸ばしてきた裏に、固定資産への積極投資があり、その資金を負債で調達していたというストーリーが見えてきます。もっとも、上述の通りJTBも4月に800億円の借入をしておりますので、予備資金として当面手元に置いておくとはいえ、実際はここで示した数字よりはHISに近い構成になっております。
最後に
長くなったので要点をまとめます。
- HIS、JTBともに当面は耐えられるだけの現金を確保している
- HISは旅行需要が完全に消滅していた3Q(5~7月)の決算で厳しい数字が出てくると予想される
- JTBは非上場であり、四半期での決算開示をしていない
- HIS、JTBともに2022年にはコロナ前と同程度の水準に旅行需要が回復すると見込んでいる
- JTBの方が売上が大きく、HISの約1.5倍の規模。一方でHISの方が利益は大きい
- JTBは法人向け事業に強く、HISは旅行とハウステンボスの二本柱
- HISの方が固定資産が大きく、積極投資を借入金で賄ってきたと考えられる
- JTBはコロナによる経営悪化を見込んだ追加借入をする前は、借入金がほとんど無かった
今回HISとJTBを分析してみて、JALやANAが衝撃的な数字だったのと比べて、いくらかは余裕があるなと感じました。猛批判を受けつつも政府がGo toキャンペーンを強行したことから、観光業は今ここで救済しないと本当に焼け野原になる危機的状況と考えられます。それでもこの二社は当面耐えられそうで、やはり大手は強いですね。
ただ、二社とも2022年に回復を見込んでいますが、今後どうなるかは誰にもわかりません。予想以上に長引いたときは、見積もりに見直しが入り、突発的な損失が計上される可能性もあります。
また、当面はHISの方が負債が多くてピンチではあるものの、ベンチャー気質のHISはアフターコロナの時代に即した旅行プランを柔軟に打ち出してくる可能性があります。一方でJTBが強い法人事業は大人数の旅行が前提ですし、個人事業も裕福な中高年が団体でJTBのツアーを利用しているという印象があります。よって、コロナ後に素早く立ち直るHISとズルズル苦しむJTBという構図で業界内序列が逆転するかもしれません。本記事を通じて、会計データを糸口にビジネスのストーリーを考えると色々なことが見えてくると体感してもらえれば幸いです。
それではこの辺で失礼します。
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